Introduction to Japanese Study - 日本語学習入門
39/42

36 「は」はtopic marker 日本語の文の〈情報構造〉 このことを見るために、(2)と(3)を比べましょう。この2つの文だけ、もう一度並べて掲げます。 (2)田中さんはお茶を飲みました。 (3)お茶は田中さんが飲みました。 (2)と(3)の違いは、簡単にいえば、(2)は「田中さん」の話をしているときに使い、(3)は「お茶」の話をしているときに使う、ということです。つまり、(2)は「田中さんは何を飲みましたか。」What did Tanaka drink?(または「田中さんは何をしましたか。」What did Tanaka do?)、(3)は「お茶は誰が飲みましたか。」Who drank tea? という質問に答えるような場合に使うわけです。 どちらの場合も、実際には質問の文はなくてもかまいませんが、要するに、(2)は「田中さん」が関心の対象になっている場合に、(3)は「お茶」が関心の対象になっている場合に、使うわけです。(2)については「田中さん」と「鈴木さん」を対比して使う、(3)については「お茶」と「コーヒー」を対比して使う、というような使い方もありますが、「鈴木さん」や「コーヒー」を持ち出さなくても、要するに、「田中さん」を話題にして述べているか、「お茶」を話題にして述べているかということが、(2)と(3)の違いだといえます。 このように、「xは……」という言い方は、xを話題topicにして、それについて何かを述べたり尋ねたりするときに使うもので、これが助詞「は」の働きなのです。「xは……」と述べることで、「xがtopicです(私はxについて話そうとしています)」という合図を送るわけで、こういう働きを、言語学ではトピックマーカーtopic marker と呼んでいます。 topic markerは、持っている言語と、持っていない言語とがあります。 topicと主語とはどう違うのですか、という質問が出そうですね。(2)では、「田中さん」はtopicだし、主語でもあります。しかし、(3)では、「お茶」はtopicではありますが、主語ではなく、目的語ですね? topicと主語とは、一致する場合も、一致しない場合もあります。一致するにしても、概念としては違うものです。 実際には、主語が、主語であるとともにtopicでもあるという場合が、どの言語でもかなり多いのではないかと思いますが、一致しなかった場合に、どちらを重視して文を組み立てていくかということで、個々の言語の個性が出ます。英語は、特別な場合を除けば、とにかく主語を文頭に置く言語です。これに対して、日本語はtopicのほうを重視します。《まずtopicを提示して、それについて何かを述べる》という〈情報構造〉で述べるのが日本語です。だから、「お茶」を話題にするときは、目的語であってもこれを文頭に置き、「は」を付けてtopicであることを示しながら、先程の(3)のように文を組み立てていくのです。このような述べ方をするタイプの言語では、topic markerが活躍するわけです。「は」は、日本語の文の述べ方あるいは〈情報構造〉と一体となったtopic markerなのです。

元のページ  ../index.html#39

このブックを見る