26 上の例を見て、英語のgoにあたる動詞として、日本語には「行く」のほかに、尊敬語「いらっしゃる」と謙譲語「まいる」があるのか、ということは、あらゆる動詞についてこの3つがあるのかな、つまり、動詞を3倍覚えなければならないのか……と、暗い気持ちになっている人がいるかもしれませんね。ご心配なく。たいていの動詞については、尊敬語や謙譲語の形は、規則的に作ることができます。「行く」など、ごく一部の動詞について、規則的でない形の敬語が使われているだけです。 なお、このページは、敬語の使い方の細部を説明することが目的ではないので、それには触れませんが(教室で勉強してください)、上級のみなさんで、敬語についてさらに詳しく知りたいという方には、拙著「敬語再入門」(丸善ライブラリー)を紹介しておきます。この本は敬語を言語学的に解きほぐしながら、使い方についても解説したもので、一応、日本人の読者を想定して書いたものですが、上級の留学生の皆さんからも好評を得ています。 Polite と Plain 狭い意味での敬語は上で触れた尊敬語と謙譲語ですが、このほか、別のタイプの敬語として、丁寧語polite expressionsというものもあります。尊敬語と謙譲語は「誰のことを述べるか」に関係する言葉ですが、丁寧語は「誰に対して述べるか」(つまり、話の相手)によって、使ったり使わなかったりします。これはまた文体styleの面での敬語といってもよいもので、polite styleという言い方を、よくします。 初めに習う「……です」「……ます」の言い方が、実はpolite styleの言い方なのです。その反対は(話し言葉では)casual styleです。たとえば、「行きますか?」「はい、行きます。」がpolite style の会話、「行く?」「うん、行く。」がcasual style の会話です。日本語の教室では一般にpolite styleを中心に教えますが、これに対して「私の研究室ではみんないつもcasual styleで話しています。どうしてpolite styleを中心に教えるのですか。」と言う留学生がいます。 ですが、本当に「みんな、いつも」ですか。注意深く観察してください。学生どうしでも学年や年齢が違えば、少なくとも一方はpolite style(「……です」「……ます」)を使っているのではありませんか。また、かりに本当に平等にcasual styleを使い合っている研究室だとしても、その人たちが他の人と話す場合はpolite styleを使っているのではありませんか。実は、casual styleを使って話しても失礼にならない相手というのは、かなり限られているのです。 先程、尊敬語と謙譲語については、ノンネーティブの人が使えなくても日本社会はかなり寛容だと言いましたが、polite styleに関してはそうではありません。polite styleを使うべきところでcasual styleを使うのは、日本人の場合はもちろん、ノンネーティブの人でも、かなり粗雑な印象を与えてしまうことになります。polite styleを中心に教えるのは、こうした考えからです。casual styleの習得を軽視しているわけではありませんが、両方を混ぜこぜに教えると無用の混乱を招きかねないので、ある時期まではどちらかに集中して教える必要があります。そうする以上はpolite styleのほうを選ばなければならないのです。
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